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秋田地方裁判所湯沢支部 昭和51年(ワ)27号 判決 1977年11月04日

原告

高橋ハナ子

ほか二名

被告

埼玉道路株式会社

主文

一  被告は原告高橋ハナ子及び同高橋良造に対し、それぞれ金二〇七万八一二六円及びこれに対する昭和五〇年二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告高橋ハナ子、同高橋良造のその余の請求及び同高橋隆蔵の請求を棄却する。

三  訴訟費用は九分し、その一を原告高橋ハナ子の、その三を同高橋隆蔵の、その一を同高橋良造の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告高橋ハナ子が金七〇万円の、同高橋良造が金五〇万円の担保を供するときは、その原告は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は原告らに対し、それぞれ、金二八四万円及びこれに対する昭和五〇年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

(被告)

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  事故の発生

訴外高橋多造は、昭和五〇年二月二〇日午前一〇時五五分頃埼玉県浦和市南浦和三丁目四六の六先路上において、訴外加藤信一の運転する普通貨物自動車(登録番号埼四四ぬ七七一三号)に衝突され、脳挫傷、頭蓋骨々折により即時同所で死亡した。

二  被告の責任

被告は、右事故車両を所有しかつこれを運行の用に供していたので自賠法三条による責任がある。

三  相続関係

原告高橋ハナ子は亡多造の妻であり、その余の原告二名は同人の子であるので、原告らは亡多造の相続人として同人の権利義務一切をそれぞれ三分の一づつ相続した。

四  損害

(一) 逸失利益

1 多造は大正八年一二月一九日生で事故当時五五歳の健康な男子であり、一家の柱として農業、林業を営み、日雇等をして稼働していた者であり、本件事故がなければ今後一二年間にわたり、次のとおり年間一八三万九六〇〇円の収入をあげることができた。

一二万八〇〇円(月収)×一二月+三九万円(年間賞与その他特別給与額)(賃金センサス昭和四九年第一巻第一表産業計全労働者の五五歳平均賃金による数値)

2 また同人の生活費として右収入の三割を控除すべきであるから、本件事故がない場合の同人の純収入を現在価格にすると、次のとおり一一八六万六〇〇〇円となる。

一八三万九六〇〇×〇・七×九・二一五(一二年間のホフマン計数)=一一八六万六〇〇〇円

3 原告らは各自右金額の三分の一である三九五万五三三三円を相続した。

(二) 葬儀料

三六万円が相当なので、原告らは各自その三分の一である一二万円を請求する。

(三) 慰謝料

原告一人につき二六六万円が相当である。

(四) 損害額合計及び受領金員の控除

以上(一)ないし(三)を合計すると原告らは各自六七三万五三三三円の請求権を有するところ、自賠責保険金一〇〇〇万円、加害運転手加藤信一から五〇万円、被告から三〇万円合計一〇八〇万円を受領したので、これを原告ら各自に三分の一の三六〇万円づつを充当すると、残請求権は各三一三万五三三三円となる。

(五) 弁護士費用

原告一人につき二五万円づつ合計七五万円が相当である。

五  よつて、原告らは被告に対し、それぞれ内金二八四万円及びこれに対する事故日である昭和五〇年二月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

請求原因一、二の事実は認める。

同三の事実は不知。

同四は争う。

(抗弁)

一  原告高橋隆蔵は本件事故を惹起せしめた高橋浩、加藤信一らの直属の上司として被告会社の命を受けて同人らに対する指揮監督の任にあたつていたものであり、本件事故は原告隆蔵の右加害者らに対する監督不行届の結果生じたもので原告隆蔵自身右加害者らと同様被害者高橋多造に対する共同不法行為者の一員であるから原告隆蔵については債権と債務が同一人に帰したことになり、被告に対する請求権は失われたものというべきである。

二  高橋隆蔵は自己のため及び他の二名の原告を代理して被告の代理人である訴外高橋康治との間で昭和五〇年三月八日本件交通事故の補償に関し次のような和解契約を締結した。

(一) 被告会社は原告らのために自動車損害賠償保険と労働者災害保険の適用が早急に受けられるよう鋭意努力する。

(二) 訴外加藤信一は原告らに対し慰謝料として五〇万円を支払う。

(三) 原告らは訴外加藤信一及び被告会社に対するその余の請求を放棄する。被告会社は右約定に基づき、右各種保険金交付のための諸手続を完了したほか、訴外加藤信一も右慰謝料の支払を了した。従つて、原告らの本訴請求は理由がない。

三  二が認められないとしても、原告らの請求金額は以下の如く減額されるべきである。

(一) 原告高橋ハナ子には昭和五三年三月より労働者災害補償保険法による遺族年金年額六八万二五五〇円が本件事故なかりせば得べかりし利益として支給されるのであるから損益相殺されるべきところ、原告ハナ子の余命年数が不明であるためとりあえず原告らが亡多造の逸失利益算出の基礎とした一〇年間のうち年金の支給される後期七年間について年五分の中間利息を控除して計算すると三五五万八七四七円となる。

(二) 被告は既に葬儀料三一万九〇〇〇円を負担し、花環代金五万円も支出している。

(三) 原告らは自賠法により一〇〇〇万円の保険金の給付を受けた旨認めているが、実際の給付額は一〇〇三万六七七〇円である。

(四) 原告らは昭和五〇年五月一四日労働者災害補償保険法による遺族特別支給金一〇〇万円を受取つているからこれも控除すべきである。

(抗弁に対する答弁)

一  抗弁一、二、三の(二)の各事実は否認する。

同三(四)の事実は認める。

二  同三の(一)、(四)のように遺族年金や遺族特別支給金を本件損害額から控除すべきでない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一、二の事実は当事者間で争いがない。

二  相続

原告高橋隆蔵本人の尋問の結果によると、原告高橋ハナ子は亡多造の妻であり、その余の原告らが同人の子であることが認められるので、原告らは亡多造の相続人として同人の権利義務をそれぞれ三分の一づつ相続した。

三  抗弁一について

原告隆蔵が使用者に代わつて事業を監督する者であることを認める証拠はなく、かえつて、原告高橋隆蔵本人の尋問の結果によると、原告隆蔵は秋田県雄勝郡雄勝町から出稼ぎに行つた人達の世話役というかたちで飯場の取締、給料の清算等をなし、どの現場に誰が行くかを決め、会社側の監督がいないときは現場で誰がどんな仕事をするかを指示したこともあるが、本件事故当時は事故現場から車で二時間位離れた別の工事現場にいたのであつて、事故現場の作業責任者などではなかつたことが認められる。従つて、被告の主張は失当である。

四  抗弁二について

成立に争いのない乙一号証、証人高橋康治、同加藤信一の各証言及び原告高橋隆蔵本人の尋問の結果によると、昭和五〇年三月八日被告会社に原告隆蔵、加藤信一、その妻、被告会社々長、被告会社の営業担当取締役高橋康治が集まり本件事故の示談について話合いがなされ、その結果、当事者(甲)故高橋多造、当事者(乙)本人加藤信一、使用者被告とし、示談内容、乙(埼玉道路株)は甲のために自動車損害賠償保険と労働災害保険の摘要を受けるよう努力し、又、乙(加藤信一)は甲のために裁判のために発生する交通費、宿泊費を負担し、慰謝料として五〇万円也を支払うものとするとの示談書が作成されたことが認められる。ところで、乙一号証によれば、右示談書の署名押印欄には、被告会社側では立会人として高橋康治の住所氏名の記載とその押印があるだけである。しかし、右書証によれば、右示談内容欄には乙(埼玉道路株)と記載されており、その内容からしても、被告会社が一方当事者である旨の記載があるともいえるし、そもそも契約の成立内容は単に契約書のみならず契約書作成に至る経緯等諸般の事情を考慮して決せられるべきであるところ、前記各証言及び原告本人尋問の結果によると、本件事故は、原告隆蔵らと共に出稼にきていた加藤信一が運転免許を有しないのにダンプカーを運転し、アクセルとブレーキを踏み違えた結果生じたものであり、本件事故発生のため被告会社は浦和市の入札指名を一年間停止され、そこで、被告会社は原告隆蔵に対し、労災と自賠責だけで解決し、会社としてはあとは一切かかわりがない旨説明し、原告隆蔵も不承不承ながら承諾のうえ、市販の用紙を用いて、被告会社代表者の指示により、取締役であつた高橋康治が立会人の定型文字を当事者と訂正しないまま立会人欄に署名押印して、右示談書ができたことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。そうすると、高橋康治は被告を代理したのであり、右示談は被告会社との間においても成立したものというべきである。そして、乙一号証によると、示談書の当事者(甲)欄には故高橋多造と記載され、末尾の当事者(甲)欄にも高橋多造の名が記載され、その名下に((高隆))なる印が押捺されているが、原告高橋隆蔵本人の尋問の結果によると、右署名押印は同人がしたことが認められ、示談の話合いは原告側からは同人が出席してなされたこと前述のとおりであるから、右示談は原告隆蔵との関係では有効に成立したといえる。そこで次に原告隆蔵が他の原告らを代理する権限を有していたかどうかについてみるに、乙一号証、証人高橋康治、同加藤信一の各証言によると示談書には当事者として亡多造の名が記載されてあり、この点について高橋康治は原告隆蔵が帰郷した際家族と話し合い家族全員と相談の結果書いたからであると思つていること、加藤は原告隆蔵が示談の前に他の家族とも相談しなければならないと言つていたので家族と話してから決めたものと思つていることが認められるが、右は高橋康治らの認識にすぎず、また多造の名が使用されているからといつて直ちに原告隆蔵以外の原告らの代理権授与の事実まで認めることはできず、他に代理権授与の事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、右各証言及び原告高橋隆蔵本人尋問の結果によると、原告隆蔵は事故後葬式のため一時郷里に帰つたが、その当時は葬式を終えたばかりで補償ということは考えていなかつたこと、示談は被告会社が急ぐからしたのであり、その具体案は三月八日当日出たこと、当日原告隆蔵が他の原告らの代理できている旨の話が出たわけではないこと、その後一月位してから示談書に他の原告らの印がない等の理由により改めて原告らと加藤との間で示談書が交されたことが認められる。

以上によれば、原告隆蔵のみが被告会社に対する損害賠償請求権を放棄したものというべきである。

五  損害

(一)  逸失利益

1  原告高橋隆蔵本人尋問の結果によると、多造は大正八年一二月一九日生れの健康な男子であることが認められ、賃金センサス昭和四九年第一巻第一表産業計全労働者の五五歳平均賃金は月額一二万八〇〇円であり、その年間賞与その他特別給与額は三九万円であること当裁判所に顕著であるから、これにより多造の年収を求めると一八三万九六〇〇円となる。

2  原告高橋隆蔵本人尋問の結果によると、多造生前の原告方の家族構成は多造及び原告らの合計四人であり、原告隆蔵、同良造も賃金あるいは給料を得ていたことが認められ、右事実に多造の年収額等を考慮すると、多造の生活費としては収入の四割を控除するのが相当であり、多造は本件事故がなければ今後一二年間にわたり前記収入を得たであろうから同人の純収入の現在価格をホフマン式により算出すると一〇一七万一一四八円となる。

3  原告らは各自右金額の三分の一である三三九万三八二円を相続した。

(二)  葬儀費用

原告高橋隆蔵本人尋問の結果によると、多造は生前田畑合わせて一町八反歩を有し、農業と杉苗木の生産をしていたことが認められ、これに(一)1認定の事情等を考慮すると葬儀費用としては三六万円が相当である。従つて、原告一人当り一二万円となる。

(三)  慰謝料

前記多造の死亡時の年齢、家族構成、収入状況、多造の家庭における地位等諸般の事情を考慮すると、慰謝料としては原告一人につき二〇〇万円が相当である。

(四)  損害の填補等

1  労働者災害補償保険法による遺族年金は現実に受領された金額のみを控除するのが相当であると解される(最判S52・5・27参照)ところ、現実の支給がなされたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、成立に争いのない乙二号証の二によると、右年金は支給停止中であることが認められるから被告の主張は失当である。

2  原告らが、被告から葬儀料として、原告らが控除する合計三〇万円を越える合計三六万九〇〇〇円の支払を受けたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、原告高橋隆蔵本人尋問の結果によると、被告会社は香典として一〇万円と葬式のとき二〇万円を支払つただけであることが認められる。

3  原告らが自賠責から一〇〇〇万円を越える一〇〇三万六七七〇円を受給したことは原告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなされ、従つて原告ら主張の一〇〇〇万円の控除以外に原告ら一人につき一万二二五六円を控除すべきである。

4  原告高橋ハナ子が昭和五〇年五月一四日労災保険による遺族特別支給金一〇〇万円を受取つていることは当事者間で争いがないが、右支給金は労災保険法や労働者災害補償保険特別支給金支給規則等に照すと、年金の内払とみなされるものでもなく、政府が求償権を取得する保険給付にもあたらず、損害填補を目的としないもつぱら労災保険法二三条にいう遺族の援護、その福祉増進を図るための支給金と解されるから、損害額から控除すべきではない。

(五)  合計

以上による算出額から原告らの控除する各三六〇万円を控除すると、原告ハナ子、同高橋良造の合計額はいずれも一八九万八一二六円となる。

(六)  弁護士費用

右認容額、その他事件の難易等諸般の事情を考慮すると、原告ハナ子、同良造についてそれぞれ一八万円が相当である。

六  よつて、被告は原告ハナ子、同良造に対し、それぞれ二〇七万八一二六円及びこれに対する多造死亡の日の翌日である昭和五〇年二月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野貞夫)

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